なぜか子供が心を閉ざす親聞く親

 

私はこの本を読み、心が痛かった!!また、読み終えた後のもやもやが晴れた気がした!!

ここに書かれていることはまさしく私の家族と同じであり、今も昔も息苦しさを感じる理由がよくわかった。

 

長くなるが自分の話をする。

「ああしなさい」「こうしなさい」が口癖でやることなすことを自分の理想に導くために、していた母、父も母のいいなりで同様のことを言う。小学校の時に、いじめられて帰ってきた時、この頃常ににピリピリしており、特にひどかった。少しでも言うことをできなかったら叱責が飛んでいた。苦しかった。決定的に心を閉ざしたのは小学校の高学年の時に、友達と遊んでいる際友達が犯罪を犯した。私は全くそれに気づかず、一緒にいる所で連れて行かれた。親が飛んできた。私は全く関係ないのに、私がそのようなことができない性格であり、そのように育ててきたと思われる張本人の親が私の話を一切聞くことなく罵倒した。家に帰ってからも母の叱責、父が帰って来てからも叱責を受けた。親は信用してい ないのだと感じた。ここから心を閉ざし、会話も最小限にしていった。その後の人生は言うまでもなく、感情を抑圧し、言いたいことも言えず、本音を話せる人もいなかった。そのような自分は、深く付き合える友達ができず、自信も失い、人が怖かった。

 

「親との立場が逆転している。」この言葉はしっくりきた。親のために親の理想の「良い子」を演じていた。従順に従うことで、親の機嫌を損なわせないために自分を守るため(=生きるため)に一生懸命従ってきた。それが、親の甘えを世話していた。「必要とされることを必要とする」間違った考え方が染みついていた。そういう考え方で生きると、感情を殺し、深い付き合いもできなく、普通に楽しい人生を送れなかった。

 

親の都合を押し付けるための「ゴミ箱」の役割をさせられていたのは心がすごく締め付けられた。それも無意識なのにも驚きである。親もおそらく無意識であろう。ほとんど覚えていない。

 

本来の親は、無償の愛を授け、生き方を教え、人生の目的を分からせる。見返りを求めず、気付いたら時がたち、その子に合わせた子育てをする。例え、完璧でなくとも自分を弱さを認め、フォローの言葉を入れれる。このような家族に生まれれば、どんなに幸せだろうか。私の親はどれもできていない、自分の非を認めない。本心や言い返したら力を持って完全に言い負かす。

少しでも耳を貸してくれたら、子供の気持ちを汲み取ろうとしてくれたら、伝えた言葉の動機をしろうとしてくれたら、信頼関係が作れて今の自分には決してならなかったと思う。

過去を悔いるのは、時間の浪費である。私ができることは、もし親になれた時に決して同じ過ちをしないことである。どんなときでも、子供を信じて応援したい!!